教える立場なら頭を使わないと

教える

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仕事の場に限らず生活の中でも時には教える側の立場になったり、教えてもらう側の立場になったり、その時々で立場が変わります。特別に何かの先生という事でなくても、人生の先輩というだけでも経験を先に持っていれば教えてあげる立場になります。

 

学生の部活で先輩から教わったり、アルバイトをしても習い事に行っても先に経験を積んだひとから教わるという場面はたくさんあります。

そのそれぞれの場で、ある程度の経験を積んでいくといつの日か自分も教える立場になります。はじめのうちは先輩としては手探りで、時にはどのように伝えたらよいのか?を考え、少しずつ教え続けていく。そして自分が一番の経験者となって経験値トップの座に君臨する日が来ます。

 

そこまでいきついた時、自分が頂上で人に物を教えていることに溺れてしまうと後々残念な成績表が渡されることになります。

 

誰から渡されるか?何を渡されるのか?それは自分自身からでは?とmoromoroは思っていますが人によっては神様とかお天道様と言ったりするかも知れません。残念な成績表を渡された時、「神様はみてるもんだね」とか「お天道様はみてるんだよ」なんて言われたことありませんか?

 

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自分が教わる立場から教える立場になった時、それはその人の成長へのネクストステージとも言えましょう。これまでの自分の経験を伝えるにあたり、どのように教えたらこの人の役に立つのか?どのように教えたらわかりやすく効率的に育つか?教える立場の人の腕が試されるところではないでしょうか。ちょっと知識が増えたから、経験が増えたからと言ってまだ図に乗るんじゃないぞ!?ってあたりを戒めとしながら。

 

多くの人が出会った経験アリなのではないか?と思っているのですがいわゆる「偉そうな先輩」。すべてをわかったかのように振る舞いああでもない、こうでもないとやっているのですが、残念ながら自分自身がどのように見られているか?については本人が一番わかっていない。

 

知っているありったけの知識を使って難しい言葉、専門用語を並べる事でいつの間にか分かっていない人に教えているつもり。本人はあなたのためにとか、俺様の経験を教えてあげていると言うのですが、この手の人は本当にあなたのためを思っているのではなく知識をひけらかすことによって自分はスゴイでしょ?という風に見てもらいたいだけです。

 

「自分はスゴイ!」をアピールする事に注意がいきすぎて神様から(?)のネクストステージへのテストが自分自身に課されている事に全く気づかず一人気持ちよくなってしまっているんです。

 

人から認めてもらうという事はとても気持ちが良いものです。この「他者から認められたい、自分を価値ある存在として認めたい」という欲求を承認欲求と言います。

 

この先輩の話を聞いてスゴイですね!先輩っ!!と言ってても先輩が気持ちよい(承認欲求を満たされている)だけで、後輩の成長には全く寄与しませんし、後輩もおだてるためにエネルギーを費やしくたびれてしまうばかりです。

 

承認欲求を満たすためだったとしても本当の意味で認めてもらえてなければ先輩にとっても意味がありません。

 

結局この「偉そうな先輩」は後輩からの信用を得ることなくネクストステージのテストはもちろん失格。後輩からは信用がなくなり、さらに自分より上の先輩からも

 

「後輩に上手に教える事の出来ない人」

 

というレッテルが貼られる。ダブル失格。

 

ビジネスシーンでのケースを考えてみましょう。
同じセクション内など同ジャンル内で仕事をする中であれば教える側と教わる側との差は主に経験値。身内での成長に関わるだけなので良いのですが、特定の商品・情報を専門に扱い、業としているお店のスタッフと当然素人であるお客といったように知識の差が激しい場所ではその被害は大きく出てきます。

 

薬局で働いていた時のこと、とある薬剤師は患者さんに向かって「副作用の作用機序は・・・」とか「体内での薬物動態は・・・」などとありったけの知識をひけらかしているのを見かけたことがあります。この例は極端かと思いますが薬剤師の自己満足以外の何ものでもないわけで、お店(薬局)自体のサービスとしては何一つ役に立っていないのです。

 

確かに専門用語というのは文章で説明しようとすると長くなるような事柄を一言で表すことができる可能性はあるので知っている者同士で使うのは簡便です。けれどもそれを噛み砕いてわかりやすく説明するのが経験を積んだ人の役割ではないでしょうか?

 

難しい事を難しく話すのは簡単ですし誰にでもできます。人より多く知識があるということをひけらかすことにより優越感が得られます。これを感情のおもむくまま自分が満足するために行動していては人としての落第点をつけられても仕方がありませんね。

 

その難しい話をどうやったらわかりやすく説明できるか?を、あれこれ考え、試していくようになるのがネクストステージ合格への道。

 

人にものを教えることを生業にしている人が承認欲求を満たすために自己満足しているのはもってのほか!もはや害でしかないです。

 

例えば学習塾に行って自分の知識をひけらかしているだけの教師がいたらそれは迷惑以外の何物でもありません。学習塾であれば先生と生徒、知識の差が大きいのであまり現実的ではないですね。

 

同じ教えるでも大人が参加する〇〇セミナーなんかについてはどうでしょうか?本来セミナーに参加するという事は何かしらの知識やノウハウ、経験を得たくて参加します。もちろん教える側はわかりやすく伝えなければなりませんよね?せっかく何かしらを得ようと思って参加したのに先生の自慢話ばかり聞かされたのではたまりません。

 

仕事においては入社して経験を積みグループのリーダーに、またそのもう一回り大きなグループのリーダーにと、人をまとめていく立場におかれながら昇進していきます。その時にグループ全体として良いパフォーマンスを見せられるようにするにはどのように効率よく仕事を教えていったらよいのか?もちろん人によって把握する能力、動ける能力、みんなバラバラです。

このネクストステージとも言える「人の上に立って教える立場」に来たときは自分の満足ではなく教える相手が理解できているか?を感じ取りながら指導すること、その全体像を把握しながら取り組む努力が必要です。

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