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お金への執着

2018/07/14

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お金

お金への執着という言葉を聞くと皆さんはどのような事をイメージしますか?

 

子供のころからたくさん勉強し、いい学校に入っていい会社に就職する。これはその後いい稼ぎを得て安定した暮らしができるから・・・というのが少し前までの定説でした。

 

もちろん今でも稼ぎたい!お金持ちになりたい!と、日々頑張っている人はたくさんいるしお金を稼ぐことが活動力の源になるのであればそれは良い事だしみんなそのようにして生活しています。

 

ITバブルの時代はみなIT社長を目指して独立し、たくさんの人が会社を立ち上げた。その集中力、行動力は素晴らしいものだと思う。もちろんITだけでなく他の分野でも同じ。

 

ここで事業とか仕事の報酬としてのお金は、先に役務があるわけでどんな分野でも大きな視点で見れば仕事に対する役割を果たした結果、その対価として何にでも使える通貨としてのお金をいただく。組織をピラミッド型に考えれば頂上に近い所にいる人は、その仕事の役割はピラミッドの下層にいる人と同じ時間労働していたとしても、より多くの人に影響を与えることができるから対価が高いといった考え方。

 

大きな失敗をするのはその人の役務自体がお金を集めることになるという事。いわゆる「金儲け主義」。これはお金を集めることが役務になってしまっており、結局誰にも影響をあたえておらず対価としてのお金ではないのでバランスが悪い。ゆえに失敗するという事でお金に執着がありすぎるとこうなるんだ!なんて言われたりする。

 

ここでお金に執着が「ありすぎる!」というところが大事でそればっかりになることは良くないけれど、先に話したように活動の原動力にもなるわけですからお金儲けがしたい事=悪ではないわけです。

 

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この金儲け主義という話を聞いているとまるでお金を稼ぐことが悪だ!というふうに心の中に思ってしまっている人もいると思います。そしてこの考え方は日本人に多いと言われています。

 

これは飲食店で働く経験を持つ人達と話をしていて幾度も聞いた話ですが、レストラン・居酒屋などでおもてなしをしていて

 

 

「高い飲み物、食べ物をお勧めするのはお客さんに悪い気がします。。。」と。

 

 

でも、その飲み物や飲み物が高いか安いかはお店の造りや、サービススタッフの質、もちろん材料そのもの。色々な価値が合わさって値段がついているわけで結局のところ高いのか?安いのか?という評価はお客さんが決めることなんだと思います。

 

数千円の客単価のお店で何万もするワインをおいているお店はそんなにないはずです。そのお店にそぐう範囲でその時々のお客さんの状況を見ながらここが一番楽しんでもらえるという点を見つけて提案するのがサービスの役割です。その場、このタイミングで提供するものが今はステーキじゃなく枝豆なんだなぁ~と思ったらそれが一番良いわけです。

 

また、店長やオーナーであれば価格設定をする時に「これは儲け過ぎかな・・・」と思っちゃうのも同じ。確かに儲け過ぎは良くないですがお出しする料理・飲み物に自分のお店の価値やサービスに見合った価格をいただくのは当然のこと。ここでお金を儲けることは悪だの考えが入って来ると経営も苦しくなります。

 

仕事をするのであればそれに見合った妥当な対価をいただくのは決して悪ではありません。同じ仕事(条件は同じとする)をお金もらってやっている人がいる中で激安だったり無料でやる方が同業からすればよっぽど迷惑です。

 

お金が原因で人柄が変わったりすることもあり「お金は汚い」とか悪だとかという思いもお金に対する執着なんでしょうね。

 

事業なりなんなり仕事をするときは果たすべき目的があるわけです。〇〇を成し遂げようという。そこには多少なりとも資金が必要であり働く人にとっては労働に対する対価が働く事への原動力になる。だから〇〇を成し遂げるためにはその原動力が必要。

 

あくまでも目的は〇〇を成し遂げること。だからそのために必要な原動力を回して目的を達成する。

 

ここでお金に執着しすぎると本来の目的を見失うことになる。これは儲け過ぎる事もお金を使わな過ぎることも同じ。お店の経営などで原価を下げ、人件費を下げ、、、の結果売り上げも下げ、頭を下げてさようなら。となる。

 

このお金への執着が「儲ける」方ではなく「もらわない」方に傾くのも一つの執着の形だと思います。こんな記事がありました。

ボランティア

何かを成し遂げようとすればそれにはほとんどの場合人の労力と共に資金が必要です。これは慈善事業だ!これはボランティアだ!といってもそこには何かしらの資金が必要です。

 

これは一歩間違うと詐欺とされてしまいます。ボランティアだから。。。我々は儲けるためにやってないから。。。といいつつ活動中の場所代、ご飯代何かとかかる資金や労力は参加者に出させてしまい、結局それで出来上がった利益(これはお金だけに限りません、功績なども含め)は全て主催者が持ち去るという。

非営利団体は無料で働かせているわけではありません。利益の分配ができないというだけです。

 

何事も極端というのは良くないですね。過ぎたるは猶及ばざる如しです。どちらにもやりすぎない。真ん中を行くのが良いんですね。

 

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