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自己啓発

それ、科学的に証明されてる?(2)コペルニクス的転回

2018/07/08

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天動説

 

もろをも一般的な人たち同様、科学という枠の中で生活をしてきたので起きている現象を観察して仮説を立てて実験してデータを集め検証して、これで良いんじゃないの?ってなれば理論をつくりあげていく事が「あたりまえ」という環境で育ってきました。科学的思考法です。

 

これまでいろいろな人が様々な分野で頑張ってこの過程を経て立証してきてますが、世の中全体を見渡すと科学という枠の範囲で定義できている事柄ってとっても少ない気がします。つまりほとんどの事は良く分かってない。仮説はあって理論的な計算は出来上がっているけれど実験として測定するという事が困難なものは仮説でとまっているという事もまた多くあります。

 

科学で証明できたもの、立証されたものは永遠ではありません。だから今の所これで良しとなっていますが技術が発展してより精密に測れる機械ができたりより遠くまで測定できるものができたりしたら、これまで科学的に証明されて正しい!とされてきたものもやっぱりダメ~ってなる事はあるわけです。有名な話では天動説から地動説。地球平面説から地球球体説。みたいな。

 

どちらもその当時は絶対的なほど信じられており新しい仮説については誰もが疑っていた。そしてこの二つの仮説に限らないけど、新しい仮説を唱えた人はバカにされ変人扱いされ散々な目にあう。でもそれから数年が経つと後者が正しい事が分かる。当初バカにしていた人はどんな気持ちだろう?もうその頃にはこの世にいなかったか!?コペルニクス的転回が与える影響は大変大きなものでしょう。

 

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この天動説や地球平面説のようにずっと正しいと思って教育をされているとそれが先入観だったり固定観念になってしまい新しい可能性に意識が行かなくなるもんです。そして歳を取るとさらに自分に都合の良いように解釈するようになりどんどん自分の中で(あくまでも自分の中で)確実なものとしてできあがっていってしまうんです。

 

科学っていうのは一つに再現性を持って目的の領域を体系化するというのがある一方、未知のもの・新しいものを発見する、定義するというのもまた科学なんだと思う。つまり既にできあがっていて(体系化されていて)ある意味絶対的に正しいという雰囲気をかもしだしている(それはそのように教育されてるから)ことこそが科学という印象を持つけれどそれだけではなく、未知のものをこれから体系化していくというのも科学なのだと。そして先にも書いたように科学でわかっていないことなんて山ほどある。いや、山どころではない(?)。

 

なんでこんなことを書くかといえば今現在の科学の枠の中で研究をしている人は「まともな人」<コペルニクス的転回の話題で言うと天動説を唱えていたプトレマイオス>として扱われ未解明な物を扱って解明しようとしている人(今の科学の枠の外で)は「怪しい人」<コペルニクス的転回の話題で言うと地動説を唱えていたコペルニクス>として扱われる風習は新たな科学的定義が発見されるのを妨げているのではないか?と思うからです。

 

 

参考までにこんな本読んでみると「へぇ~~なるほど」がたくさん。そして頭混乱(苦笑)。本当は?と聞かれたときその本当っていうのが「科学的な定義」を指しているのか「真理」(←科学的な枠を超えた全体という意味で)を指しているかによって随分答え方が変わる。思考のストレッチしたい人は是非読んでみて下さい!

未知の世界を研究している人、再現性が取れるような領域ではないところで研究をしている人。漠然と「怪しい」と言うのは失礼な気がする。先に書いたように考え方の一つに「科学がまだ追いついていない」ということもあるから。

 

と、書いているもろをも宇宙のパワーとか霊的な何かって言われると「ん?」と思ってしまう(苦笑)でも必死に「いや、まだわかってないだけでこういうこともあるのかもしれない」と思いながら話を聞いたり、本を読んだりすることもあります。どうしたらより多くの人が新しい未解明な事について怪しいと思わずに考えていけるのだろうか?

 

もう少しつづく

 

 

 

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